北海道・後編  最後の夏祭り 〜前夜祭〜 


     目が覚める。時計は4時半。テントのジッパーを開ける。上空は晴れだ。
    テントから這い出す。見下ろす大地は霧に覆われている。開陽台の足下から向こう、大地の木々が霧と絡み合う。
    霧は薄く大地を覆い、時に丘のようにせり上がる。生き物みたいでしばし見とれる。
     その霧の地平線から御来光。よし、今日は山だ。肉体を駆使すれば何か出てくるかもしれん。

     ほどなく、いっしー君たちも起きてきた。昨夜は夜中に晴れたらしく、星空を堪能したという。
    撤収して出発する彼らを見送り、テントに戻って米を炊く。と、パラ、パラ、パラ。
    雨降ってきた。まぁ、じきに止むだろう。ラジオをつける。天気予報、「大雨注意報が根室北部に出ています」。
    根室の北部って・・・ここやん。果たして予報通り、雨は土砂降りに。くそう、フテ寝してやる・・・

     気づくと雨の音しない。時計は9時。テントのジッパーを開ける。やんだ。日が出てる。片付けだー。出るぞー。

     片付け荷造り。隣のテントから瀬戸市出身の兄さんが出てきた。「今日は出られますか。よい旅を」。
    さらば開陽台。迷想して落ち着かなかったが、いい所だ。また来よう。もちろん、徒歩で。


     今日も直線路。通ったことない方へ走り、虹別の町。緑豊かな東屋付き公園あり、あれは快適やな、と
    相変わらず野宿地探知レーダー作動。町を抜け、牧草地。右手にあるはずの神の山は厚い雲の中。
    弟子屈町に入る頃、前方に不穏な雲。雨の匂いも漂う。単車を停め、カッパ上下、足下にはスパッツも付けて
    完全武装。ほどなく土砂降り。激しい雨に川湯温泉も屈斜路湖もあきらめ、藻琴山を登る道道102号へ。
     雨は弱まったが、濃いガスで視界は10m以下。その先は真っ白で何も見えない。ソロソロと峠道。
    と同時にえらく冷えてきた。寒い。寒冷前線でも入ったか。寒い。峠を過ぎて下り坂。ソロソロ走るが空気はいよいよ
    冷たい。オホーツク海から寒気が上ってきているのだろうか。「さむいさむいさむいさむいさむい・・・」

     山を下り牧草地が左右に広がってきた。と、道の左手に「稲富温泉」の看板、吸い込まれる。
    震えながらカッパを脱ぎ、玄関でおじさんに400円払い、猛然と湯船に突っ込む。うわぁぁぁぁぁぁ、あったけえぇぇぇぇぇ。
    温泉、いい感じにひなびている。お湯が湯船に注ぐ音だけが響く。底が見えない濃い黄土色の湯は湯の華超大量浮遊。
    湯船の底にも大量の沈殿物、かき回すと舞い上がり、お湯がオレンジ褐色に変わる。おもろい。何べんもかき回す。
    少し辛めの塩味。静謐な空間に浸かっていると、最果てな所に来た気がする。

     入ってきたじいさん、「どこから来た?」。じいさんは地元のたまねぎ農家でHONDAのCB750を駆るバイク乗り。
    「何歳に見える?」。ナナハン乗り回すんやし、見た目から70くらい、と答えたら笑われた。御年90。すいません、
    参りました。たまねぎ作りの日々の話を聞いていると、片足のじいさんがいざりながら入ってきた。90じいさんが声
    をかける。耳が遠いらしい。90じいさんいわく、「このじいさんも近所なんやけどな、自分でクルマ運転してな、毎日
    ここへ入りに来るんや」。北の大地に根を張る人々は逞しい。

     じいさんとすっかり長話。温泉から出るとすでに15時を回っている。雨も上がった。
    走り出す。周りはひたすら牧場。それに廃校小学校が時々出てくる。現れるバス停は「○○さん前」ばかり。観光
    ルートでない、北海道を感じる道だ。


     ゆるやかに丘を下り、国道244号の交差点。正面の藻琴駅は年季の入った板張りだ。ほどなく右手にオホーツクの海。
    空の色と同じく重い青。少し波が高い。網走の市街地に入っていく。脇道の向こうでは神輿が出ている。地元のお祭り
    だろうか。そういえば、今日はお盆だったな、としばらくして気がつく。日にち感覚はもはやない。ガソリンを入れ、網走
    監獄を右に、小さい町をあっという間に抜ける。国道238号には、「稚内322km」の青い看板。ゴールはまだ遠い。

    
    

    左手に網走湖。曇り空を映して鉛色。その向こう遠くの山が雲にすっぽり
    覆われている。今日はあそこから来たようだ。車列についてゆっくり走る。こんどは右手に能取湖。日が差してきて
    濃い青色が浮かび上がる。蜃気楼か、能取岬が水面から浮き上がる。今ではカーリングですっかり有名になった
    常呂町のセブンで一休み。17時をまわり、曇り空が少しずつ濃くなってゆく。佐呂間町、北勝水産でホタテなぞ買お
    うと思ったが17時閉店。明日来よう。計呂地には客車に泊まれる「ツーリングトレイン」あり、バイク数台あるが、
    ここは通過。


     そして、やっと見覚えのある交差点を右折。その駅前通り100mほど先に、懐かしの芭露(ばろう)駅がたたずむ。
    芭露(ばろう)駅。もとは国鉄湧網線の駅。路線が廃止になった後は、地元の人々が旧駅舎を保存し、無料の宿泊
    所として旅人に開放している。6年前にも一夜の宿として世話になった、味のある駅である。

    
     駅前には自転車が1台。同宿者がいそうだ。バイクを停め、駅玄関の引き戸を開ける。

     カラカラカラ。




     そこに展開された光景に刮目する。かつもく。



     入った所は駅の待合室だったところで土間に木製のベンチのある空間、なのだが、その空間には張り巡らされた
    物干しロープ。大量の洗濯物が絶賛干され中。待合室隣の旧駅事務所の部屋は畳敷きなのだが、そちらには寝袋
    やら何やらが雑然と転がっている。

    もし、たにぐうが「普通の」旅行者であれば、中を見た次の瞬間には、「こいつは失礼しました」と、引き戸を閉めて次の
    宿を探すであろう、そういう光景である。しかーし、引き戸を開けた瞬間のたにぐう、








 わああーーーーい!!!!!
 仲間だあああああーーー!!!!
  見ぃつっけたぁぁぁぁーーー!!!
  う喜喜喜喜喜喜ーーー!!!!(猿)







     間違いない。この臭いは、間違いない。ここは「旅人」の巣窟である。ヤゲン、開陽台といまいち続きだったが、
    とうとう現れた。長期の旅人がたむろする、徒ほほな旅でどっぷり浸かった、深淵なる世界が!!!

     と、一気にテンション急上昇なのだが、住人が一人もいない。みんなどこに行ったのだろう。
    でも今宵の宿は決まりである。荷物をバラし、お気に入りの木製長ベンチに席を作る。

     と、排気音がする。ライダーが1人帰ってきた。
    「こんばんわ、みんなどこに行ってるんですか?」
    「ここから1kmの所に、風呂入れて洗濯もできるところがあって、みんなそこにいるよ。兄さんも行こう」。
     単車にまたがり、ライダーさんの後について、今来た道を1km戻ると、右手に「たくろう牧場」。
    オーナー手作りの露天風呂に入っていくと、むさくる・・・いや、旅慣れた感じのみなさんがくつろぎ中。
    あいさつして仲間に入る。一緒に来たきっしー君以外の3人(駅長、漁業長、チャリダー)は連泊だと言う。
    「明日は芭露のお祭りがあるんですよ、ライダーさんもよかったら参加しませんか?」駅長に誘われる。そんなおもろい
    偶然に参加しないわけがない。連泊即決。この牧場も旅人向けの宿泊所だそうだが、ここ以外に泊まってる人も、
    オーナーのご厚意で入れてくれているらしい。
    「むこうにおもしろい風呂があるよ」と、駅長と漁業長にすすめられ、隣の小屋へ。何でも「ホタテ風呂」らしい。
    小屋の中には、巨大な釜が2つ。牛乳を加熱処理するのに使っていたものらしい。それが風呂。直径2mはあろうか。
    ごつい蓋が付いていて、湯気抜きの穴から顔を出せる。気分はホタテ貝?

    

     なかなか楽しい。蓋閉め状態だと保温も抜群である。すっかり暖まったところで、みんなで駅に帰る。


     腹が減った。まずはまずは晩ごはんだ。駅長たちが、たにぐうがさきほど通過してきた北勝水産で3パイ、佐呂間町の
    斉藤商店で4ハイの毛ガニを仕入れてきており、これで毛ガニ会を開催することに!

    

     駅長の采配で係分担。まさに長期旅人の巣窟のノリだ。漁業長たちが酒の買い出しに、その間に駅長持参の土鍋
    で湯を沸かし、たにぐうの鍋で米を炊く。湯が沸いたところで毛ガニ投入。1パイ500円の安いやつらしく、持ってみると
    軽い気もするが、豪快に5ハイ投入。しばらくぐつぐつ。鍋はカニダシいっぱい、部屋にはカニの香り充満。さあ解体だ。
    カニの解体は無言になりがちなのだが、それなりにしゃべくりつつ、カニをバラす。しゃべりに気を取られると、脚のとげ
    に時々刺される。500円でも思ったより身が詰まっている。ひと筋たりとも残すまじ。脚が片付くと次は甲羅。かにみそを
    ほじり、日本酒を注いでかにみそ酒。さらにダシに卵を割り入れ米投入でカニぞうすい。味付けはカニの塩味だけ。海の
    香り。
     2回転目。残りの2ハイを投入。今度は甲羅の身をほじりだし、かにみそも投入してのぞうすい。みそ濃厚。2匹分の
    脚が残るが、満腹満足で誰も食えんぞー。洗い物係のチャリダーに後を任せ、4人はしばらくごろごろ。しあわせだ。駅
    備え付けのマンガに手を出す。脳みそとやる気が溶けていく。これぞ沈没。


    


     ひとしきり転がってお腹も落ち着いた所でむくりと起きる。残ったカニ脚の解体だ。初めは手間取るが、少しやると要領
    よくなり、一人解体に没頭。1匹でカニ缶1個分くらいだろうか。1時間ほどで1匹片付け、カニ身が皿に山盛り。

     駅長がモノポリーなるボードゲームを持ち出してくる。「モノポリー」、人生ゲームみたいに双六していく。マスには世界
    の都市が割り当てられており、止まったマスの都市にある建物を、所持金を投入して買収、投資して価値を高める。そこ
    に他人のコマが止まると相応の金を巻き上げる(笑)ことができる。そうして他人を全員破産させて自分が金持ちになった
    ら勝ち、というのがだいたいのルール。
     明朝4時起きでご来光を見に行くというきっしー以外の4人でスタート。通常版はマスには世界の各都市なのだが、駅
    長のは日本版。マスには日本全国の各都市なのだが、ここは北海道。東京は札幌に、横浜は小樽、神戸は函館、など
    と北海道に見立てる。「小樽に止まったぞ、すし屋ゲットだー」「釧路だ、和商市場に投資するぞー」「ニセコだー、スキー
    場にリゾートホテル建設!」などといちいち盛り上がる(笑)。都市以外にも水道、鉄道や電力会社などもある。よって「ほく
    でん株買い占め!おのれら電気代納めろよ〜」「JR北海道は俺のものだー。さあ、リゾートに客を呼ぶなら金を払いな。」
    「ほーれ、水はインフラの基礎じゃ。はよ水道代払わんかいー」。さらに監獄に送られるマスもあるのだが、当然行き先は
    「網走番外地」!
     たにぐうは札幌と小樽を確保、すすきのに「ぼったくりバー」、運河沿いに「高級すし屋」を建設!芭露ルールで、監獄に
    入っていても人から金を巻き上げ許可、ということで、網走に収監されて自分は金を取られない状態のまま、バーとすし屋
    にやってきた漁業長とチャリダーを破産させる。ふっふっふ、ウラで世界を動かすとはこのことよ。そして駅長との一騎打ち!
    しばらくは監獄から駅長を苦しめる。ぐっしっし、ウラの長の力を見せたるでー。しかし、ようやく出所した先で駅長の高級
    リゾートホテル攻撃に遭い、あっけなく撃沈。くそう。

     かなりの盛り上がりで疲れたのでいったん休憩。最後のカニ脚をむき、鍋に突っ込み火を通す。盛り上がりすぎて腹が
    減った。お弁当用にとってあった米にカニダシをかけてカニ身山盛りぜいたくカニ茶漬!それでもダシは大量に残る。あと
    は明日食おう。
     そして2回戦開始!きっしーはまだマンガ読んでいる。しかし、たにぐう、満腹でちっとも気合い入らず、半分寝ながらで
    物件もちっとも集まらない。さりとてさいころの出目が変によく、他人の支配下の町には止まらない。眠い〜、殺すならはよ
    殺してくれ〜。ようやく眠気が去った時には破産寸前超貧乏人として裏道を歩いていた。がそこであっけなくとどめを刺され、
    駅長とチャリダーの激しい一騎打ち!ご来光に行くきっしーが起きる頃、ようやく駅長に軍配!時刻は4時過ぎ、空がすで
    に白んできている。きっしーが出撃し、4人はそのまま沈没・・・ZZZZZ


    


  2005年8月15日  北海道中標津町→湧別町  晴れ/雨/曇り/雨/曇り     走行距離 約120km 


                             一番上へ