北海道・後編 最後の夏祭り
う〜ん。明るいなぁ。時計に目をやる。9時すぎ。窓の外、すっかり青い。めっちゃええ天気や。
寝袋から這い出る。みんなまだ転がっているが、きっしーだけはもう起きていて、バイクと三脚と電柱にひもを張って
洗濯物を干している。
「おはよう、はやいな」「天気ええし、今日は出るからな」「ご来光はどやった?」「きれいに見れたで」
駅の玄関に腰掛けぼんやり、ぼんやり、ぼんやり。
きっしーにつられて、寝袋やらカッパやら、靴やらを単車に干す。ちょうど漁業長も起きてきた。
「おはよーございまーす」「ええ天気やなー、釣りでもいってこーかなー」
歩いていけるところにサロマ湖の桟橋があって、そこで釣り糸を垂れるのだと言う。
釣りの準備にいそしむ漁業長を横目に、スイッチが入らぬまま、玄関前で、ぼーーーー。
地元のじいさんと思しきが、花壇の花に水やりにやってきた。
「おはようございます」
じいさん、ギロリとこちらをにらみ、「連泊か?」とつっけんどんに聞いてくる。何か感じわるいなあ。「1泊めですけど」
何となく記憶にある。たしか駅を管理している角のお店のじいさんだったような気が。しかし、連泊者が嫌いなのか?
なんとなく居心地よろしくないので、線路の方へ移動。
駅舎の裏は、ホームと、さびた線路が変わらず残る。ホームから線路へ下りる。線路をたどるがすぐ先で藪に
埋もれる。木陰のレールに腰掛ける。青と水色の中間色の空が広がる。淡い、オホーツクの夏色。
と、感傷に浸っていると、じいさんがホーム側にやってきた。今度は何だ?
と、じいさん、突如、駅舎裏の扉を開けて怒鳴り込む(驚)
駅長が応戦している声も聞こえてくる。怒鳴り声の断片からすると、部屋の中を片付けもしないでぐうたら寝やがって
この野郎、みたいな内容か。
確かに、昨晩から散らけたままではあるが、論点はそこじゃないな。たぶん、連泊してたむろしているのがお気に
召さない感じやな。たしかに、我々小ぎれいな旅行者ではないし、ヌシみたいに居座わられると、得体の知れない連中
みたいでいい心持ちがしない、というのは地元民感情としてはあるだろう。
5年ほど前、北海道の中学校に採用され、とある道北の田舎町に赴任した、大学の後輩の話。
その町は僕も行ったことがあって、やはり旅人のたむろするライダーハウスで連泊したことがあるのだが、後輩いわく
「地元の人に『あそこは近づいちゃだめって言われました』」。
そうなると、たまり場な施設は閉鎖されたり有料化されたりして、貧乏長期旅人は閉め出されることになる。旅人的には
心地よく沈没する場所がなくなって残念である。地元の意見と旅人の意見。どっちが正しい、ではない。両者の寛容の先に
合意点があるかどうかだと思う。もちろん旅人はそこにお邪魔している立場なので、大きなことは言えない。でも、北海道
でも、旅人にやさしいと言われる北海道でも、そんな息苦しい話が増えてきていることは、事実としてある。もちろん旅人の
マナーの問題もあるだろう。でも、お金を落とさない貧乏旅人を排除するような動きがある、そんな気がしてしまう。
じつは芭露駅も、駅舎の維持管理が大変ということで、この夏が最後である。
とはいえ、われらはやはり間借りの身。みんな起き出して部屋の片付けと掃除。
30分ほどできれいになった。旅人の巣窟は、小ぎれいな宿泊所に変身(笑)。まあ、これはこれで気持ちがよい。
荷造りを終えたきっしーが旅立つので、みんなで見送り。漁業長は釣りへ、駅長はたくろう牧場へ出かけていく。
腹が減った。残ったチャリダーの虫屋くんと、毛ガニラーメンに取りかかる。虫屋くんは、東海大学海洋学部の学生で、
自転車以外にカヌーもやると言う。高校は自然いっぱいの所に行きたくて、地元を離れて群馬県の尾瀬高校に通った
という、なかなか楽しい経歴の持ち主。
まずは土鍋にとってあったスープを温める。そこにモヤシとキャベツに、昨夜ほじっておいたカニ身の山。味付けは塩だけ
でシンプルに。ラーメン投入。カニの匂いが部屋中にたちこめる。できた。もりつけ山盛りいただいまあす!超濃厚濃縮カニ
のダシ。麺はインスタントだがカニのおかげでめちゃウマい。麺2玉を追加投入。汁がなくなるまでしゃぶり尽くす。うーん、
もう他ではカニは食えん。
片付け終わってまだ12時過ぎ。満腹で動けず、2人して漫画読んで転がる。腹が落ち着いたところで、虫屋くんは漁業長
の釣りを見に出かける。僕は実家にカニを送るべく、単車にまたがり浜佐呂間の斉藤商店へ。
国道をまっすぐ行くのはおもろないので、藻岩山へのジャリ道へ寄り道。固くしまった路面の森の道。
頂上付近の展望台へ。
サロマ湖の茫洋たる広がり。水平線近くに見える陸は砂州。その向こうはオホーツク海。
青くて緑。湖も海も空も渾然とする。オホーツクの風が肌寒い。
ジャリ道下り国道へ。駅長に教えられた斉藤商店、たしかに安い。毛ガニ1ハイ1000円のやつを実家に送る。味はさっき
も確認済みの逸品だ。
ぶらぶらと駅へ戻る。いい天気だなあ。釣りでも見にいこうかなぁ・・・ZZZZZ
気がつくとみんな戻ってきた。釣りの方は小さいのが少し釣れただけらしい。そして新たに空手家さんとディグリーさんの
ライダー2人が仲間に加わる。2人とも何回か来たことがあるらしく、駅長とそんな話で盛り上がっている。
16時、お祭りの前に晩飯だ。もとはライダー、今回は1BOXカーで来ている駅長が買い出しにでて、今夜は駅前で
ジンギスカン!缶ビールで軽く乾杯!バクバク食っても1人400円ほどでお財布にやさしい。
片付けて、日が暮れかかる18時前、いざお祭りに出撃だ!駅長が言うには、グループごとにまとまって踊り、優勝とかも
決めるらしい。
「とりあえず、何か持ってく?」「ライダーだからヘルメットかぶって踊るか」「」そやな」「あとホクレンの旗はどうやろ」
「そやな」「ヘルメットかぶって、ホクレン旗振ったらライダーぽいな」「そうしよか」
会場は芭露の公民館前の広場。真ん中に小さい盆踊りやぐら。ニッポンの夏の盆踊りだ。受付テントで「芭露駅ライダー
チーム」で登録。出場するのは、漁業長、空手家さん、ディグリーさん、たにぐうの4名。
周りにはすでに出場者が集まっている。ノーマルな盆踊りスタイルやら、着ぐるみの集団やら。
駅長「あの白いおばちゃんたち、道内のこういう盆踊りに出まくって、賞取りまくってるらしいで」
見れば、白塗り白い衣装の、おばちゃ、いや、もっとお歳を召していらっしゃる方々が。
さあ、いよいよ盆踊りスタートだ。
ヘルメットをかぶり、ホクレン旗を持ったまではいい。しかしここで問題が。
「どうやって踊る?」「振り付けは?」「誰か踊れる人?」「・・・」「・・・」「・・・」
「まあ、盆踊りやし、前のグループのまねして踊ればええんちゃう?」「そやな」「そうしよ」
目立つようにヘルメットを逆向きにかぶる。ちょうど前に白装束集団。この人たちのステップをまねれば
楽勝じゃ・・・。
甘かった。おばちゃんたち、見た目年齢とは裏腹に、華麗なステップで踊る。素人ライダーども、足がもつれて
全くついていけない。
1曲終わった。
「これ、まねとか無理やな」「てか、おばちゃんすごいな」「ちょっとなめとったな」「しかし、どないしょう」「どないしょう」
そこに空手家さん、「僕、空手やってるんで、空手の型やったらできるから、それに合わせて踊るってのはどうやろ?」
「なんやて?!」「そんな特技あるならそれでいこ!」「じゃあ、僕先頭いくんで、合わせてついてきてください」
相談成立して2曲め。
空手家さん先導のもと、旗振りライダー。
一応、空手の突きとかやってるはずなのだが(笑)
それでも、だんだん乗ってきた(ただし、静止画の幻(笑))。
空手の突き、足さばき。人が見ている辺りは動きを入れ、人のいない辺りは適当に流す(笑)
空手家さんの緩急をつけた踊りに、楽しく乗っかるライダーども。
1時間ほどあっただろうか。盆踊りは終演。
「いやー、意外と楽しかったなー」「空手家さんのお導きや」駅長と虫屋くんもやってきて、
「意外とらしくなったな」「カメラで撮っときましたよ」「ライダー踊りやな」
何やかやでやりきった満足感に、少々興奮気味のライダーども。
ステージでは、表彰の準備が進む。やがて司会の人が現れ表彰式が始まる。
「あの白衣装のおばちゃん軍団が1位だろうなあ」「俺らにも参加賞くらいくれんかなあ」
「酒とか米とか、あの辺のでええなあ」
などと、勝手なことをのたまうライダーども(笑)
「それでは表彰を始めます!
第3位!・・・ いや、第4位!!!」
「?!」
「芭露駅 ライダーチーーム!!」
「なんじゃそりゃーー!!!(笑)」
「うわああー、だい4いーー!!」
「てか、言い直したぞーー!!(笑笑)」
「4位て、絶対今作ったやろー(笑笑笑)」
わはははははーーー!!! ライダーども、驚喜乱舞。
司会者「ライダーチームのみなさん、前にお越しください。」
皆々、満面の笑みで進み出る。どうもどうもこれはどうも。
司会者「賞品を贈呈します。代表の方、前へどうぞ。」
「誰がいく?」「いや、ここは振り付け師の空手家さんしかないやろ」「さんせいさんせい」
空手家さんが進み出る。
司会者「芭露駅ライダーチームには、賞品として、米10キロを差し上げます!旅のおともに食べてください!」
「やったーー、米だーー」「さすがや、旅人に必要なもんが分かっとるわー」「こりゃおおきにやー」
表彰式は続き、やはり白いおばちゃんたちが優勝した。
「しかし、うれしいなあ」「わざわざうちらみたいな旅人に賞くれるとはなあ」
「芭露の人、ええ人たちやなあ」「何か、賑やかそう思て出た甲斐あったなあ」
腹が減ったので、出店で買い食い。ディグリーさんは、芭露の若いねーちゃんに声をかけては
写真を撮りまくっている。いやらしさの全くない、軽快なノリとトークで、ねーちゃんたちの笑顔を
次々と写真におさめていく。本人は趣味だと言うのだが、
「すげーな」「スカウトみたいや」「誰もことわらんぞ」「天性だな」
むさくるしい(笑)ライダーどもはただただ感嘆するのみ。
腹も落ち着いたところで、満足して駅へ引き上げる。駅前に車座に座り、まずは賞品のご開帳。
ずっしり重い箱を開封。「あれ、何か、箱やなあ」「これ、米と違うんとちゃう?」
出てきたのは、何と、缶ビール24本詰め合わせ!
「ビールじゃん」「これ司会の人まちがえたな」「でも缶ビールでもええやん」「そやな」「じゃあ乾杯や!」
「では芭露駅と芭露のみなさんにかんぱーーい!!」
ぐびぐびぷはー。お祭りの盛り上げ?に一役買った充実でいっぱい。ぷしゅー、ぐびぐびぷはー。ええ1にちやー。
駅長「何年か前にお祭りに出た時、終わって駅で飲んでたら、地元のおじさんが、軽トラでやってきてねー、
荷台に生ビールサーバー積んできて、おう、ライダー、飲め!て朝まで飲んだことあったのよ」
と、国道の交差点を、こちらに曲がってくる1台のヘッドライト。まっすぐこちらへ向かってくる。もう10時過ぎ。
「何だろう?」「騒ぎすぎで怒られるんかなー?」「けさも怒られたからなー」
軽トラが、目の前までやってきて、停まる。荷台に乗ったおじさんが言う。
「おう、ライダー!飲むぞ!
生ビール持ってきたったぞ!!」
「なんじゃそりゃーー!!(笑)」
「ほんまに来たーー!!!(笑)」
「ありがとうございまーす!!」
「いただきまあす!!!」
3人のおじさんが、軽トラにビールサーバー積んで、本当に現れる。ジョッキに注がれたビールが配られる。
おじさんたちも交えて「芭露にかんぱーーい!!」
駅長「あのー、もらっといて恐縮なんですが、第4位て、作ったんですか?」
おじさん「おう、作った!ライダーが何か盛り上げようと必死に踊っていたからな」
駅長「じゃあ、踊りじゃなくて、参加賞ってことですね」
おじさん「あの踊りじゃあなあ、全く踊りになっとらんかったからな(笑)」
虫屋「そういえば、さっきの踊り、デジカメで動画も撮っときましたよ」
みんな「どれどれ・・・」「どれどれ・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
「こらあかん」「空手家さんはともかく、あとの3人あかんな」
「踊りいうより、体くねくねしてるだけやん」「リズム感ゼロやな」
「若気の至りやな、若くないけど」「何か、酔い、覚めるな」
おじさんが言う。
「まあ、でもな、祭り、出てくれてありがとな。芭露駅でこうやって飲めるのも、今年で最後やから、しっかり
飲んでってくれ。」
その、ありがたいお言葉に、一同、感涙。
「さあ、飲め!どうせ明日の予定はないんだろう(笑)」
ないですないです、あるわけない。こんなありがたいの、飲むしかない。
おじさんたちに、じゃんじゃん生ビールを注がれ、みな完全体の酔っ払い。駅前広場で空を見上げて飲んだ
ことしか記憶にない。
どれくらい飲んだだろうか、生ビール売り切れ、おじさんたちの軽トラが引き上げるのを見送り、
夏祭りの夜は終わる。
2005年8月16日 北海道湧別町芭露 晴れ 走行距離 約60km
おまけ:件の動画、いまだたにぐうの手元にあれども、とてもこんな所に乗せられるシロモノではないので、
このままお蔵入りします(笑)