USB-DAC搭載ヘッドフォンアンプの制作事例


はじめに

前回は、不定期更新日記に書いたように、純粋なヘッドフォンアンプを制作しました。

今回は以下のようなコンセプトで制作しています。

下の写真が完成例です。


【入力はUSB、出力はヘッドフォンというシンプルな構成。LEDはパワーLEDとUSB接続LED】


【iPhone/iPad/Androidの音楽ライブラリをクリアな音質で再生することができる】


目次

1.制作の経緯

2.USB-DAC搭載ヘッドフォンアンプの構成

3.音質の考察・課題

4.オーディオ機器としての使い方

5.あとがき


1.制作の経緯

【動機】

 音楽の再生デバイスに直接ヘッドフォンを繋いで視聴する場合、再生デバイス内蔵のヘッドフォンアンプがまずいと、いくら良いヘッドフォン繋いでも音質は良くなりません。
 特に、私がが音楽再生で最も多用するのはiPhone/iPadです。iPhone/iPadの音質が決して悪いという訳ではありませんが、折角なので、もっと良い音で聞きたい!という願望が今回の動機です。

【USB-DACとは?】

 【動機】により、導入を考えたのがUSB-DAC(デジタル to アナログ・コンバータ)です。一般的にオーディオの世界で「USB-DAC」というと、iPhone/iPadなどのデバイスにUSBのオーディオ・クラスとして接続された専用の機器のことを指し、デバイスから音声信号をディジタルデータのまま受け取り、それをアナログ変換するもののことを言います。

 USB-DACを使う利点として、音質が良くなることです。iPhone/iPadなどはオーディオ再生専用デバイスではありませんから、コスト(製造コスト)との兼ね合いから、オーディオの機能は「それなり」です。そして、「それなり」の機能の代わりに、外付けのUSB-DACを接続することで、CDプレイヤーなどといったオーディオ機器に近い音質を得ることができるようになります。

【ヘッドフォン選びについて】

 今回制作するUSB-DACは、音質的に拘っているため、できれば良いヘッドフォンを使って欲しいです。具体的には、SONY MDR-1Aか、その後継のMDR-1AM2 (27,000円) です。奥様には恐らく理解して貰えないお値段ですが、音の出口は重要ですので…。

 ちなみに、良いアンプを買うと良いヘッドフォンが欲しくなる → 良いヘッドフォンを買うともっと良いアンプが欲しくなる → 更に良いヘッドフォンが欲しくなる…というサイクルに入ることを「オーディオ沼にハマる」と呼ぶそうです。家計には優しくはない雰囲気がプンプンと漂っている様です。

【USB-DACの制作方法】

 秋月電子のUSB-DACキットを見るまでは、そんな簡単にUSB-DACを自作できるとは思っていませんでした。ただ、やはりチップのデータシートを見て、イチからUSB-DACを制作するのは大変なので、この秋月電子のUSB-DACを参考にしながら、更なる高音質化を図ることにしました。

参考URL(秋月USBオーディオDAコンバータ):
http://akizukidenshi.com/catalog/g/gK-05369/

音質もさることながら、使用例の参考用としても、なかなか良いキットだと思いました。

 なお、秋月電子のキットでは、iPhone/iPadには対応していませんが、USB電源をセルフパワー化することで、使えるようになります。

【対応可能なスマホ・その他デバイス】

今回制作したUSB-DACで動作確認ができたのは以下のデバイスです。

デバイス
対応可否
備考
Windows PC
Windows標準ドライバで動作可能
iPhone 8
カメラ接続アダプタが必要(Lightning)
iPad Pro 12.9inch
カメラ接続アダプタが必要(USB Type-C)
Android 4.1.3〜
SONY NW-F886にて実験

2.USB-DAC搭載ヘッドフォンアンプの構成

今回制作したUSB-DACは次の構成になっています。

まずは、開発中でバラック状態のUSB-DAC登載ヘッドフォンアンプ。
左から青い箱に入っているのが電源で、ヘッドフォンアンプ基板、電子ボリューム、USB-DACと並びます。

基板に組み上げ、ケースに入れたUSB-DAC搭載ヘッドフォンアンプ。

 ここまでの制作費は、およそ2万円台前半程度だと思います。電源部が4,000円程度、ヘッドフォンアンプ部が6,000円程度(オペアンプが3,400円もする…ぐは)、電子ボリュームが4,000円程度(電子ボリュームICが2,200円もする…ぐは)、USB DAC部が3,000円程度、ケースその他が3,000円程度です。
 音的には、最近使っているSONY NW-ZX300のハイレゾ再生(300h以上使用)時よりも透き通った良い音(好きな音)がします。

【ヘッドフォンアンプの構成】

1)USB-DAC部

2)電子ボリューム部

3)ヘッドフォンアンプ部

4)電源部


1)USB-DAC部

 今回使用したDACは、テキサス・インスツルメンツのPCM2704です。かなり古いDACですが、USBのオーディオクラスが内蔵されており、USB Mini-B端子を繋いで少し部品を足すだけで、USB-DACが出来上がります。

 USB-DACの制作のためのベースとして、秋月のUSB-DACを買って研究してみました。主要部品のオーディオグレード部品への交換、USBとの電源分離など、手を加えてみると、かなり音質が向上しました。

 そこで、このICを見込んで、次の仕様のUSB-DACとして新たに基板を起こしてみました。

【完成例】

【回路図】


(クリックするとピクセル等倍画像を表示します)

【実態配線図】

【回路の説明】

 アナログ電源とディジタル電源に別々のリニアレギュレータを使用し、ディジタル系からのノイズの回り込や、電源ノイズを最小限に押さえました。このDACチップは、ほんの数mVの電源ノイズでも、結果的にDACの出力にジッタとして現れるようです。

 ジッタを抑制するには、電源ノイズ対策が重要な鍵となります。そこで、リニアレギュレータのデータシートを漁っていたところ、電源回路にチョークコイルを使ってコモンノイズフィルタを構成することで、電源ノイズを抑制する方法にたどり着きました。例として1KHzのサイン波を出力したときのDAC出力のオシロスコープ画像を掲載します。

 対策前と比べて大幅に鮮明になっています。電源ノイズの対策による改善は明白です。

 ちなみに、某有名(?)サイトではこのジッタをLPFで何とかしようとする試みも紹介されていますが、根本的な対策ではないため、強引過ぎて閉口してしまいます。また、電源ノイズの大きさとDACのアナログ出力でのノイズはほとんど相関関係は無いとか、嘘書いちゃいけません。

 音のチューニングと確認は、このUSB-DAC部単体をパワーアンプに繋いで行いました。特に中〜高音域での解像度が高く、音場が広くて、個人的には文句なしの音です。今回の制作では、いかにこの性能を引き出してやるかがミソになると思いました。


2)電子ボリューム部

 ヘッドフォンアンプの1台目はアナログボリューム(Aカーブ10Kのオーディオ用:980円)を使いました。今回は、余り高価な部品は使わずに音質を向上したいという意味で、比較的安価な電子ボリュームIC(テキサス・インスツルメンツのPGA2311PA:2200円)を使いました。共立エレショップでコントローラICとセットで販売していたものですが、コントローラICの取り扱いは終了してしまったようです。

 とりあえず、ざっくりとブレッドボードに組み上げて、アナログボリュームと聞き比べてみたところ、アナログボリュームよりも明らかに音の解像度が高かったため、電子ボリュームを採用することにしました。

 それと、ギャングエラーが存在しないため、小さな音で聞いても左右バランスは一定というところが良いです。

【完成例】

【回路図】


(クリックするとピクセル等倍画像を表示します)

【実態配線図】

【回路の説明】

 PGA2311PAは電源ノイズを拾いやすく、音が荒れやすいため、電源には細心の注意が必要です。

 …ということで、USB-DAC部と同様に、アナログ電源(+/−)とディジタル部に別々の3つのリニアレギュレータを使用し、ノイズの混入を最小限に押さえました。その他はサンプル回路から何も変更していません。

 ちなみにディジタル部にはノイズフィルターは実装していません。パスコンによる電源インピーダンス低減だけで効果があったのか、音質には影響が無かったためです。


3)ヘッドフォンアンプ部

 回路は、CQ出版社「MUSESアンプで作る高音質ヘッドホンアンプ」の通りです。ユニバーサル基板に作成するため、Eagleで回路図を写し取り、実態配線図を作成しました。

【完成例】


【基板裏面。すずめっき銅線で実態配線図の通りに配線していく】

【回路図】

 大変申し訳ありませんが、引用の許可を取っていないため、回路図を掲載することはできません。
著書の書籍案内Webサイトより、キットの組み立て方法の説明書を参照願います。
→CQ出版社「MUSES ヘッドホン・アンプ・ケース・セット組み立てマニュアル

【実態配線図】

【回路の説明】

 基板については、本当は著書で紹介されている既製の基板を取り寄せて作成したかったのですが、基板だけを入手するのが難しかったため、ユニバーサル基板に起こすことにしました。著書の中の実装済み基板の写真をみると、L/Rチャンネルがシンメトリックになっていますが、片面ユニバーサル基板で実態配線図をL/Rチャンネルを(なるべく)シンメトリック、(なるべく)一点アース構成にするのに苦労しました。

 著書の中では、予算や音質によって梅コース、竹コース、松コースの作例が記載されていました。私が作成したのは竹コースです。今回のUSB-DACを制作する前に、梅コース、竹コースのヘッドフォンアンプを作成してみましたが、音質の違いにびっくりしました。しかし、残念ながら松コースについては費用がハンパないため、制作することはできませんでした。。。そこで、せめてもという意味も込めて、竹コースをベースに、電子ボリュームだけを導入することにしました。

 OPアンプで音質は大きく変わります。作例ではOPアンプとしてMUSES02を使っていますが、他にもMUSES01やOPA2134, MUSES8820, MUSES8920, OPA2604も試してみました。それぞれに個性がありますが、オールジャンル向けのMDR-1Aと一番相性が良いのはMUSES02だと思いました。最終的なチューニングはOPアンプの選択と言えるでしょう。


4)電源回路部

 今回はトランス電源を使いました。定電圧回路はなく、純粋に整流回路+平滑回路(LCフィルタ付き)だけです。
 トランスのAC100V側は触れたりショートさせると危険なので、細心の注意を払って設計・製作する必要があります。

【完成例】

【回路図】


(クリックするとピクセル等倍画像を表示します)

【回路の説明】 

 苦労したのは、残留リプル電圧(平滑回路で平滑し切れなかったAC成分のこと)の抑制方法です。アンプ部の前に単純に定電圧回路やリニアレギュレータを入れると、残留リプル電圧は除去できるのですが、出力の負荷変動によって電流が変化し、音の抑揚が抑えられてしまいます。これは、思い切り耳で聞こえる現象となります。

 一般的には、この課題に対処するため、平滑用のコンデンサを並列に何組も入れることで残留リプル電圧を低減させます。しかし、大容量のコンデンサを沢山えば良いか?というとそういう問題でもなく、電源ON時の突入電流が大きくなり、整流回路の破壊や、大きなポップノイズの発生に繋がる恐れが出てきます。

 参考用として、オーディオ用コンデンサ(Fine Gold 3700μF)を1組だけ使った場合の波形を示します。


(50mV/DIV)

 135mV程度の残留リプル波形を観測でき、やはりヘッドフォンからは「ブーン」というノイズが聞こえてきます。実は、この残留リプル電圧は非常に厄介なもので、除去することは非常に難しいものなのです。

 そこで、今回はLCフィルタを使い、残留リプル電圧の周波数帯の電源インピーダンスだけを高くし、残留リプル電圧を除去する方法を考案しました。

 並列接続のLC回路の共振周波数(もっともインピーダンスが高くなる周期)は、τ= 2π√LC で求められますから、AC電源の周期τ = 1/124[秒]とすると、逆関数よりL = 242.26[μH]となります。ただ、インダクタンスLは温度によってコロコロ変わりますから、ドンピシャにするのは無理です。市販のマイクロインダクタを使うのなら、270[mH]程度のものを使うと良いでしょう。ちなみに、私はフェライトコアを使った手巻きコイルで常温時に「およそ」242[mH]となるインダクタを作成してみました。それが下の写真です。


【手巻きのフェライトコア・インダクタ】

次に、LCフィルタを実装した【回路図】の回路によって全波整流+平滑された電源の、AC成分の波形を示します。


(50mV/DIV)

 この程度の残留リプル電圧では、音質に影響を及ぼすことは殆ど無いです。


3. 音質の考察・課題

音質といっても、良い音かどうかだけでなく、まずは常用するにあたって、ノイズ等問題がないレベルかどうかを確認してみることにしました。マトリクスにするのは面倒なので、普段の使い方の中でどうなるかをまとめてみました。結果は次の通りです。(周波数特性や歪みなども確認中)

と、割と優秀な結果になりました。どんなに音がよいヘッドフォンアンプでも、誘導ノイズやポップノイズが発生するとゲンナリしてしまいます。その辺には大変な気を配りました。

そして…次は、私のリファレンス機であるSONY PHA-2との比較です。ハイレゾ対応機ですが、仕様ではiPhone / iPad接続時はサンプリングレートが44.1KHz、16bitデプスになりますから、ガチンコ勝負ができます。

【試聴条件】

<機材1>

<機材2>

<音源>

  1. Don't Know Why / Kenny-G feat. David Benoit (44KHz/16bit Apple Lossless)
  2. 雪の華 / 中島美嘉 (44KHz/16bit Apple Lossless)
  3. 舟歌 嬰ヘ長調, Op.60 / ルービンシュタイン (44KHz / 16bit Apple Lossless)

【感想】

1. Don't Know Why / Kenny-G feat. David Benoit

<機材1>
 メインのサックスの音が艶やかで広がりがあり、それぞれの楽器の音の立ち上がりにスピード感がある。どの楽器がどの辺で鳴っているか、という音場感があり気持ちよい。

<機材2>
 出だしのベースにパワーがある。全体的に少しドンシャリ感があるため、メインのサックスの音が少し後ろに下がった感じがある。音の解像度、音場感ともに弱い感じ。

2. 雪の華

<機材1>
 イントロの重奏の解像度は十分に高く、聴き心地がよい。ボーカルに艶があり、息づかいまで伝わってくるよう。大サビでもボーカルがしっかりと前に出てきている。ベースにパワーはあるが、少しモヤモヤしている感じもある。

<機材2>
 イントロの重奏は繊細な音だが、やや潰れ気味。ボーカルは余り前に出ていないが、大サビでもバッキングが繊細な音のため、ボーカルはしっかりと聞こえる。

3. 舟歌 嬰ヘ長調, Op.60

<機材1>
 暖かい音だが、一歩前に出てスピード感のある音。中間部〜後半に出てくるカデンツァの高音の半音階やトリルの質感が感動的に美しい。

<機材2>
 繊細でやさしい音。<機材1>とだいぶキャラが違う音がする。優劣付け不能。カデンツァの高音部は美しいが、感動的と言えるほどの美しさはない。

【勝手にまとめてみる】

それぞれ機材1(制作したHPA)→機材2(PHA-2)の順番に2回づつ試聴しましたが、機材1では感動的な美しい音がしました(じーん)。機材2は、割と無難に鳴っている感じがしました。

さすがに、据え置き型とポータブル機を比較してはいけないということなのか、それともコストダウンの塊まりである民生用の商用機と比較すれば勝つに決まっているということなのか、定かではありません。とにかく、愛着度も含めて、今回制作したHPAの方がお気に入り度は高いです。


4.オーディオ機器としての使い方

【音量調整について】

 通常はPCやスマホ(以下メディアプレイヤーと呼びます)側の音量は最大にし、ヘッドフォンアンプ側で音量を調整してお使い下さい。

 メディアプレイヤー側で音量を絞ると、ソフトウェア的に音量を絞った上でUSB DACに音声データが渡されます。これはビット落ちと呼ばれ、音声データから情報が削られてしまいます。従って、メディアプレイヤー側で音量を絞るよりは、ヘッドフォンアンプ側で音量を絞る方が、よりオーディオ的には理に適っています。

初回のみ、以下の手順で音量を調整すると良いです。

※この時点ではまだヘッドフォンは耳に装着しないでください(操作ミスによる大音量を避けるため)

  1. USB DAC側の音量を最小にします
  2. USB DACをメディアプレイヤーに接続します
  3. メディアプレイヤーがUSB-DACを認識していることを確認し、メディアプレイヤー側の音量を最大にします
  4. メディアプレイヤーで再生を開始します
  5. ヘッドフォンを耳に装着し、ヘッドフォンアンプ側の音量を適切な位置まで徐々に上げていきます

次回からは、ヘッドフォンアンプ側の音量だけを調整すれば良いはずです。

 ちなみに、この辺のオーディオ的な事情を判っているプレイヤーアプリを利用すれば、快適かつ高音質な音楽を楽しむことができます。使い勝手に若干の癖はあるものの、ONKYOのHFPlayerがお勧めです。


5. あとがき

 今回制作したヘッドフォンアンプの回路図、実態配線図を置いておきます(Eagle7以上用)。なお、ケースへの取り付け寸法、AC電源回路(トランス等)の回路図は作っていません。制作してみる場合、適宜ご察しください(^^;

 USB-DAC以外のアナログ回路の構成は予算的にもこれで精一杯ですので、次回はハイレゾ対応のUSB-DACでも作ろうと思いました。

 そのためには、まずIV変換や作動増幅といった、アナログ回路の理解を深める必要があるのと、DACチップのマイコンによるコントロール、USB AudioClass2の理解が必要になります。とても敷居は高いですが、ボチボチやっていこうと思います。

最後にオマケとして、実際の設置例の写真ですw
ラインアウトをプリメインアンプに接続して、スピーカーでも聴けるようにしています。


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2014/12/03作成
2022/10/10更新