「堂々たる旅」   第4話 旅人は小学校に帰る



                  「人生は"想い出"が宝物」   今関安雄(ととさん)



     5月4日夕刻。車は支笏湖に沿う国道を西へ流れる。道端に時々釣り人のものと思しき路駐の車が
    ある以外は、人の気配も、観光地的な雰囲気もない。静かに広がる湖面と、森の間を往く道。湖は快
    晴の空を映して水色に染まる。


     さかのぼること、今年の1月。GWが10連休になるらしい、とのニュースを耳にした、たにぐうの独り言。

    「10日もあるんなら、半分は部活して、半分はどっか行きたいなぁ。5日か。5日あったら龍飛岬は余裕
    で行けるなぁ。もう9年も行ってないしなあ、赤いボタンの定期点検、ええかげんしに行かなかん
    なあ。それに小百合ももう中学生になるし、そろそろ龍飛岬連れていって、『津軽海峡・冬景色』歌う
    のやっとかんといかんなあ」
    (注:小百合=たにぐう家の長女。名前は、父が龍飛岬が大好きすぎて、龍飛といえば「津軽海峡・
     冬景色」で、女の子が生まれたら津軽海峡〜を歌うさゆり姉さん(←石川さゆりのこと)から名前を
     頂く!!と5秒で決定されたのである。父の目標は、娘を龍飛岬に連れて行き、歌碑の前で「津軽
     海峡・冬景色」を熱唱させることである・笑)
    「青森もごぶさたやな。ワンダーランド(岩木山の麓にある、たにぐうが長年お世話になっているペン
    ション)も再訪したいしな。それから八九郎の天然ジャグジーとか、深浦の日本海に浸かる野天風呂
    とか、ネタはいっぱいあるし、たぶん10連休でもそんな混まんやろう・・・ん、待てよ。青森は4日あった
    ら往復できるけど、5日あったら北海道行けるんとちゃうか?・・・敦賀を前夜出るフェリーで、初日夕方
    に上陸して、2日目と3日目遊んで、4日目夕方の船に乗れば5日目は家・・・完璧じゃん!!よっしゃー、
    北の大地やー!どこ行こう???って、あそこしかないな。これこそ、ととさんのお導きやな」


      こうして、たにぐうのわがままな強い要望により、家族で北海道上陸となったのである。


      湖に別れを告げ、森の中の美笛峠を登る。トンネルを抜けると道端には残雪。さらに峠を2つ越え、
     尻別川に沿った盆地に入ると、正面に親分の羊蹄山。

      帰ってきた。

      車の速度を落とす。双葉の集落をゆるやかにうねる道が真っ直ぐにさしかかる。真っ正面に羊蹄山。

      国道の右手、「雪月花廊」と書かれた手書きの看板を曲がる。そこが、旧双葉小学校。


      そう、14年前のバイク旅で偶然立ち寄り、至福のひとときを過ごした、あの小学校である。


      ハードルを並べて柵にした駐車場に車を止める。しかし、見た目が何か違う。校舎の壁が木だぞ?
     よく見ると、外壁に板を貼って木造風にしてある。前は普通に白のモルタルかなんかだったはずだ。
     いろいろ、手が加わってそうだ。

      車を降り、まずは中へ。「こんにちわ〜」。旧職員室へ入っていくと「お帰りなさい〜」と、かかさんが迎えて
     くれる。「14年ぶりです、やっと帰ってきました」「14年前だと、この部屋もまだ職員室のままでしたね。ととさんに
     いろいろ手伝わされたんじゃないですか?」「ととさん、そのときはお店か何かやってて、夜しかいなかったから
     一緒にたき火して酒飲んだだけです」「じゃあ、中山峠でなつかし屋をやってたころですね」「そういえば、そう
     言ってました」。懐かしい記憶がよみがえる。「今日はキャンプの人が多いんですよ。まずは、お部屋に案内しま
     すね」。平屋建ての校舎の一番端っこ、元は倉庫だったところが今日の部屋。元倉庫なれど、内装はばっちり
     ディスプレイされた「ウエスタンルーム」。壁を板で装飾し、西部劇イメージの物どもを飾り付けてある。葵は早速
     ロフトに上がり、小百合はでっかいソファに転がる。


      


      校庭側に張り出した書斎スペース、そこにも扉があって、出た所はウッドデッキのテラス。目の前の木には
     ハンモック。見つけた小百合が早速占領する。テラスのベンチに腰掛け、雪をかぶった羊蹄山を眺めてぼんやり
     する。前回は、まだ改造前で「学校」という感じが強かったが、この部屋だけでも見事に改造されている。これは、
     楽しい。ゆっくり、堪能するとしよう。食事までの間、ハンモック、ソファ、テラス、ロフトと、4人それぞれ気に入った
     場所でくつろぐ。

      18時半になり旧職員室の食堂へ。うちら家族以外にライダーさんが3人ほど。みんなで手分けして配膳を手伝う。
     夕飯はかかさんの手料理。地元でとれた野菜やら留寿都村で作ってる豆腐やらが満載。家庭の味なので、外食の
     濃い味が苦手なたにぐう一家にはとてもありがたい。食後はお茶をいれてもらい、食堂でまったり過ごす。しかし
     早朝から活動しっぱなし(4時小樽上陸→海鮮丼→旭山動物園→ここ)で眠い。21時前、早々に部屋に戻り、ロフト
     のふとんにくるまりおやすみなさい。


      5月5日朝。外明るい。しかし時計は5時半。やはり東に来ているらしい。そして寒い。ストーブをつけ、再びフトンへ。
     あとで新聞見たら喜茂別の予想最低気温は3度だった。ごろごろしながら過ごす。8時前、「もうすぐごはんですよ〜」
     滋賀のライダー姉さんが呼びに来てくれる。食堂へ。みんなで配膳いただきます。今日も野菜いっぱいがうれしい。
     牛乳甘い。ごちそうさま。「今日はどんな予定なんですか?」かかさんに聞かれる。「この近くにソーケシュパンって
     パンやさんあります?」カミさんが聞く。「ありますよ!前の道まっすぐ行って、道が曲がるところにあるからすぐわかり
     ます。でもよく知ってますね」「行きのフェリーにあったフリーペーパーに載ってて、おいしそうだったんで」「そうなんで
     ですね。そこの近くにおいしいチーズをつくってる牧場があって、そこのソフトクリームもおいしいですよ。それから、
     めっちゃおいしいメロンスムージーを出してるお店が、すぐそこにあります。あれ以上のスムージーに会ったことない。
     おすすめです。」「スムージー!!」あおいが食いつく。「10時から5時くらいまでかな。いなかったら畑に呼びにいけば
     いいから、ぜひ行ってみてください」。前回と同じく、勧められるままに予定が決まる。こういう他力本願は楽しい。
      いったん部屋に戻り、洗濯機を借りてせんたく。かかさん、「物干し台出しましょうか?去年来たライダーさんが、あった
     ら便利だろうって、ホーマック(北海道ローカルのホームセンター)で買ってきて置いてってくれたんですよ」。自分が
     使うから、だけじゃなくて、あったら便利だから置いてこう、ていうのが旅人ノリだ。「でも洗濯用に物干しロープ積んで
     きてるんで、大丈夫です。ありがとうございます」。早速部屋の前の木やらテラスやらロープを張り巡らし、たまった洗濯
     ものを展開。小百合と葵は代わる代わるハンモックに乗っている。

      さて、あいさつに行くとするか。


      


      運動場を横断。振り返る。この辺から見る小学校が一番のお気に入り。すがすがしい。
       
      運動場の脇から国道へ出る。



      
                                      ↑ここ

      羊蹄の親分。雪をかぶってますます貫禄。

     あの夏の日。親分に呼び止められて、ここにバイクを停めたのが、出会いの始まりだった。
     「親分、あの日はありがとうございました。ちゃんと帰ってきましたよ」


      校庭に戻り、ヤチダモの木の下のベンチに腰掛け、親分と対面してボンヤリする。


     ふと時計を見ると、10時まわっとる。このまま溶け出して過ごすのもいいのだが、行動するとしよう。車で出発。メロン
    スムージーは小学校のすぐ先なれどまだ開いてないようなので、夕方にしよう。上の写真の直線路、集落を抜けカーブ
    するところに、めざすソーケシュ製パン×トモエコーヒー。古いドライブインを改造した、緑とオレンジ色の木造の建物。
    ここは道産の小麦粉と、羊蹄山のわき水と、自家製酵母で、さらに薪と窯で自然に近い固いパンを焼いている。おすす
    めの大きなカンパーニュにおやつ用の焼き菓子とクロワッサン、雪月花廊の差し入れにブラウニーも買っていこう。
    雪月花廊から来たというと、話がはずむ。「今日はどちらへ?暑くなりそうですから、よかったらパンは店で預かって
    おきますよ。5時頃までやってますし、もし遅くなりそうだったら電話してください」。ありがたい心遣いに感謝。

     尻別岳の麓、留寿都はリゾート地で遊園地まであったりして、車もそこそこ入っている。村を抜けると周りは一面赤土の
    畑が広がる。その台地の先にあいた巨大なくぼみが洞爺湖。こっちから来るとカルデラ湖なのがよく分かる。台地からの
    急坂で湖岸に降り、43kmを一周しよう。湖はすぐそばなのだがクルマを置いて降りれそうな所がなかなかない。湖をほぼ
    半周、壮瞥公園手前に駐車スペースを見つけ、湖岸に降りる。


     


      むこうに羊蹄山。砂浜で透明度高いが魚は見当たらない。噴火でできた湖だからいないのか?湖岸を少し歩くと、砂浜
     から大きな板状の岩が露出する浜になった。この近くが洞爺湖の水の出口。有珠山が噴火して川をせき止めた溶岩だ。
     地質の特徴を目撃して少し満足。洞爺湖温泉へ。セコマ(セイコマート。北海道ローカルの素晴らしいコンビニ)で手作り
     おにぎりを買い込み、湖畔のベンチで食べる。昨日の昼も食べたのだが、塩がきいてウマイ。葵は「3食セコマおにぎりで
     いい」などとのたもうている。
      金比羅火口へ。ここは2000年の有珠山噴火の火口跡。火山オタクとしては来てみたかった所。ビジターセンター裏から
     登っていく。と、センターラインのある舗装路に出た。もとの国道230号。火口はこの国道の上に出現した。さらに登って
     2つめの火口。


     


      写真では激しく噴いていた火口も、今は静寂。キンクロハジロが数羽、もぐって餌をとっている。噴火に備えた巨大な
     砂防ダムを上って下る。その先には噴火で被災して埋まったアパートや温泉施設が遺構として残る。アパートは1階が
     泥に埋没、温泉はガラスが割れて中まで泥泥。さらには泥流で100m流されきた国道の橋桁。にこれで犠牲者が出て
     いないのが、火山とともに生きる町の真骨頂か。火山科学館にも寄りたかったがもう3時近く。雪月花廊の風呂は小さ
     いので、洞爺村の温泉で風呂を済ませ、来た道を戻る。

      国道276号に入り、まずはタカラ牧場。目的はソフトクリームなのだが、ここは隣の牧場でとれた牛のミルクを原料に、
     手間ひまかけて、自然に近いやり方でチーズを作っている。もらったフリーペーパーによると、夏場のチーズの熟成庫の
     冷房は、冬に凍らせた40トンの水から出る冷気!ソーケシュ製パンもそうだが、ここの人たちは徹底的にアナログだ。
     人工的なものを排し、自然に近いものを追求しながら、その行為を楽しみまくっている。そんな親方におすすめチーズを
     試食させてもらう。個人的には豆腐みたいなチーズ「タカラのヤッコ」が気に入った。お土産を発送し、牛乳の甘みばつぐ
     んのソフトクリームをいただく。
      続いてソーケシュ製パンでパンを受け取り、ひとまず雪月花廊へ帰還。歩いて隣にあるスムージーへ。
    「畑の食堂 あべ屋」の看板が出ている小屋へ。「いない時は携帯に電話してください」と貼り紙がしてある。畑に行って
    いるらしい。しかしこんなのんびりした所で、しかも畑仕事中の所を携帯で呼び出すのは何か違う。ゆっくり待とうかと、
    ふと見ると、100m向こうのビニールハウスに人かげが。家族4人でぞろぞろ近づき声をかける。「あべ屋さんですか?」
    「はい、スムージーですか?いますぐ行きますね」「あ、雪月花廊に泊まってるから急ぎません。ゆっくり待ってますから
    作業ひと段落ついたらでいいですよ」「いえいえ、それにそろそろ閉める時間だから行きましょう」。
     主人のあべさんは、農業がしたくてこちらに移ってきたそうで、「ここは野菜がおいしいですよ。何にします?メロン
    スムージー?赤肉と青肉がありますが。牛乳はそこの牧場(タカラ)のを使ってます。どっちもおいしいですよ」。
    赤と青を1つずつ注文。「じゃあ畑してきますんで、ゆっくりしてってください」。ベンチに腰掛け、スムージー。赤は思った
    感じの甘さ。青がさっぱりした甘さでマル。青肉が超おすすめ。

     パンやさんコーヒーやさん、チーズやさんに野菜やさんに、何でもありの小学校。一見何もなさそうな、知らなければ
    通過してしまうだろう所に、楽しいことおいしいものが集まっている。喜茂別町、お楽しみはまだまだこれからだ。


     「スムージー!」と朝からうるさかった葵もすっかり満足。宿に戻る。


      

       ハンモックで日記を書く小百合。完全に自分のもの。

       葵を連れて校舎裏手のキャンプ場へ。昨日は札幌からきたキャンパーさんたちででにぎわっていたが、今日は数組。
     名古屋から来ているという老夫婦と話し、用水路で魚をさがし、玄関脇から校舎の屋根にのぼり、校庭の猫トラとたわむ
     れる。↓こういうの大好き。実家の軽トラも是非(笑


      


      職員室へ。薪ストーブに火が入っている。燃料は近所の廃屋からもらってきた廃材。ストーブ後ろの遮熱板も、来た人
     が作っていったものらしい。「ここに帰ってくるには、何か一芸身につけてこないかん気になる」。ライダーの姉さんが笑って
     言う。薪ストーブは実家で扱い慣れているので、ごはんまで火の番。

      ごはんは、ミニホタテが山盛り。「豊浦で一袋500円だったから買ってきたのよ」という同宿の山口から来たライダーの
     おじさんの差し入れ。それに今日も地元の野菜やらなにやらたくさん。ごちそうさま。
      食後はみんなでお茶を飲む。「キャンプ場でたき火しながら居眠りしたら、足に火が燃え移ってやけどした」という山口
     ライダーさん。この春に定年退職し友人の会社で働くよう頼まれたのだが、「働く前に2ヶ月旅に出さしてくれ」という条件
     を出して、北海道にやってきたという。「ところで兄さん、家族連れでここに泊まるって珍しいけど、どうやってここを知ったの?」
     「僕も前はライダーで、14年前に一度来てるんですよ」。そのときのいきさつをひととおり話す。「なるほど、兄さんもととさん
     つながりやな」。話題はととさんのことに。「ととさん、よう言うちょったよ、オレ東京生まれなのに、何でここにいるんだろう
     ってね。」「で、そんなととさんのお導きで、僕らも何でかここに帰ってくるんですよね」。
      ちょうど資料館の一角に、ととさんの写真展コーナーが作られていた。タイトルは「今を生きる男、今でも生きている男」。
     ととさんは、「今」を追いかけているうちに、ここまで来たのだろう。そしてここに集うみんなの間に、ちゃんと生きている。


      翌朝。
      
      朝ごはんとお茶をいただき、ゆったり過ごす。


      


       長い廊下の移動はキックボード。普通の学校でやってはいけません(笑


       10時。そろそろ動こう。かかさんにあいさつし、玄関で写真さつえい。玄関脇の鉄パイプ組みは、雪囲いだそうだ。
      「そんなに積もるんですか?」「ここはちょうど風が通るから、すぐに吹きだまりになるんです。でも毎年作って片付け
      は大変なので、ここにウッドデッキのテラスを作って、冬はそのまま雪囲いになるようなのを計画してるんです」。
      まだまだ進化途上ということだ。
       「またいつの日か、お帰りくださいね。行ってらっしゃい」。かかさんに見送られ出発する。


       双葉小学校は14年間で、激しく楽しく進化していた。その本質は何だろう。
       それは、「やって来た人が、持っているものをちょこっとずつ付け足していく」ことではないかと思う。
      物干し竿もホタテもそうだし、絵を描く、草を刈る、ウッドデッキやら電気工事やら。やってきた人たちが、「これあったら
      楽しいやろなあ、便利やなあ」と思うものを、手作りで付け足している。そうやって、みんなに必要な、みんなが帰って
      くる場所が、現在進行でできていく。しかし、もっとも付け足されているのは、ここに関わる人たちの「記憶」ではないか?


       冒頭に掲げたのは、ととさんの銘である。「人生は"想い出"が宝物」とは、「想い出」とは何か。

       「想い出」とは、昔のことを懐かしむことだけでない。人が想いを積み上げて、あるいはそれを形にして、「今」を作り上げる、
      そういうものなのではないか。今まで「思い出」という言葉は、過去を振り返ってばかりみたいであまり好きではなかったの
      だが、そう考えるとなかなか素敵な言葉だ。そんなことを考えながら、羊蹄山麓を後にした。


       続く。(予定ですが、当然ねらってます(笑




       参考文献
        『EXPERIENCE niseko』SPRING/SUMMER 2019 (ソーケシュ製パン×トモエコーヒー)
        『チーズ工房タカラの読み本 Yukkuri 001』 Spring-Summer,2019 (チーズ工房タカラ)

       参考HP
        雪月花廊・旧双葉小学校史料館

        雪月花廊 喜茂別旧双葉小学校史料館ブログ
        (たにぐうもどこかに載ってます)

        「ソーケシュ製パン×トモエコーヒー」と、「畑の食堂 あべ屋」はFaceBookあり。



  2019年05月04日〜06日  北海道喜茂別町中里  雪月花廊・旧双葉小学校史料館



                             一番上へ